シンキロウの大人の化学

シンキロウによる化学雑記。普段化学に親しみのない方に身近にある化学から高尚な化学まで偏見を交えて伝えたい

オシッコにまつわる化学

突然だけどシンキロウは古代ローマが好きだ。小さい頃から星が好きでギリシャローマ神話に関心があったんだけど、ローマ人の物語に描かれるローマ男に対する溢れる愛情に強烈に感化されてしまった。他にもテルマエ・ロマエプリニウスなんかもいい。映画の阿部寛氏も好演だった


好きなもの同士を繋げてみたいのが人の心。というわけで無謀にも古代ローマにまつわる化学の一端について記してみようと思う

 

古代ローマでは人間のオシッコで洗濯していた

のっけから汚い話になって恐縮だけど、古代ローマでは人間のオシッコを洗剤に使っていたそうだ。オシッコつまり尿の主成分は水と尿素。タンパク質やアミノ酸などの窒素原子を含む栄養素を体内で分解するとアンモニアが発生するんだけど、アンモニアはとても毒性が高いので体内で安全な尿素に変換するんだ。尿素は保水力が強いので肌の保湿剤に使われたり、水を吸収すると周りから熱を奪うので冷却剤にも使われることがある物質だ

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古代ローマの洗濯屋さんは尿を使って洗濯していたようだけど、尿素そのものを使っていたわけではなく尿素を分解して発生させたアンモニアを利用していたのかもしれない。この分解には微生物か酵素か熱が関与しているのかわからないけど、おそらく分解されて2分子のアンモニアと1分子の二酸化炭素になるはずだ。アンモニアは弱アルカリ性なので水で落ちにくい油汚れを石けん代わりに落としてくれるのだろうが多い (→手洗いを化学する


尿は植物の肥料としても利用されてきた。植物の成長にとってタンパク質やアミノ酸を構成する窒素原子が不可欠なんだ。窒素はN2として空気中にたくさんあるんだけど反応性に乏しくて利用しにくい。だからマメ科植物なんかは窒素固定菌と呼ばれる窒素化合物を作り出す細菌を体内に共存させて窒素原子を取り入れている。田植え前にレンゲソウが一面に生えているのを見たことがあるかな?これはマメ科レンゲソウの窒素固定を稲作に利用しているんだ。他にもカミナリの多い年は稲が豊作になると言われるけど、これも雷の放電で空気中の窒素分子から硝酸が作られて地表に降り注ぐためだとも言われる。だからイナヅマは稲妻、稲を育むと言われるとかなんとか。でもどれも年に何度もできるようなものじゃない。尿の利用は年を通して安定的に窒素を供給できるのが利点だ。もちろん窒素源になるのは尿素だね。日本では江戸時代から使われていたらしい。資源の少ない国ならではのエコロジーだね

 

最近では尿ではなく化学的に合成した肥料を使っている。代表的なものは硫酸アンモニウムだろうか?田園地帯に住んでいる人なら田んぼの畦に硫安と書かれた袋を見たことがあるかもしれない。これが硫酸安母 (りゅうさんアンモ) なんだ。ただ、これを使うと硫酸イオンが土中に残ってカルシウムイオンと結びついて硫酸カルシウム=石膏を生じるので土が硬くなってしまう欠点もある

 

話は古代ローマからドイツ帝国

古来ヨーロッパは地味が痩せていて農業生産性が低かったらしい。気候的な問題もあるかもしれないけど、コムギの生産量はことに低かった。アニメハイジでもコムギから作られた白パンをおじいさんに食べさせたいとしまい込む話があるくらいだ。そのため肥料が不可欠だった。ドイツは世界に先駆けて肥料のもととなるアンモニアを化学的に合成することに成功した (ハーバー・ボッシュ法)。この反応は今でも大学の化学では基本的な反応として教えられている。こうした背景もあり、ドイツは化学先進国としてまたたく間に列強諸国に名をつられることとなった。でもこのアンモニア合成には裏の面もあった。肥料だけに使われていれば平和だったんだけどアンモニアを硝酸に変換することで、火薬の原料硝酸カリウムができるんだ


ちなみに日本でも尿から硝酸カリウムを作っていたんだ。硝酸菌を使って自然に尿を分解して作っていたらしい。こちらは種子島 (火縄銃) や花火に使われていたようだね。化学なんて体系的な学問のなかった時代の人たちの慧眼にははなはだ敬服する

 

ローマにまつわる化学としてこの他にも以下のようなトピックがあるんだけど、長くなりすぎたのでまた次の機会に
・ぶどう酒の醸造
・高貴な色「紫」
・鉛の水道管と鉛化合物の甘味料
・魚を発酵させた調味料 ガルム
・真珠を酢で溶かして飲む
最後のはエジプト女王クレオパトラのエピソードだけどローマと関わりが深い人だったので入れておく

思ったとおりにはいかない工場の化学

今年の梅雨はたくさんの水を大地にもたらしたが、そろそろ終わりに近づいてきた。南方の高気圧に由来するムワッとした空気を感じるようになってきた

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はじめのころは 3 日に 1 本は記事を書くつもりだったんだけど、このところ忙しくて手がつかなかった。シンキロウは化学メーカーに勤めてるんだけど、この数カ月は研究室を出て工場に行っていたんだ

 

化学というとフラスコ持った博士と助手がドカーン (※) とやってチリチリ頭で口からケムリを吐くのを想像するだろう。たしかにあれも化学だ。でもそれはあくまで研究室レベルの話。身の回りにあふれている化学製品。あれだけの量を作ろうと思うとフラスコなんかじゃとても間に合わない。だから化学メーカーではフラスコの何千倍、何万倍の大きさの反応釜で合成するんだ

(※) マンガではかんたんに爆発させるけど、実際の爆発の威力はあんなものじゃない。それに爆発なんかあったら労基案件だ

 

開発の最初のころは研究室で1リットルくらいのフラスコで反応を試してうまく化合物ができるかを確認する。そこから量を大きくしていくんだけど、料理と一緒で簡単にはいかない。加熱や冷却のムラ、撹拌の効率、ろ過の早さ…いろんなところを見ないといけない。反応が遅かったりするとその分時間が掛かって人件費に返ってくる。反対に反応が速すぎて暴走すると大惨事につながる。だから研究室でちゃんと観察しておかないといけない。それがシンキロウの普段の仕事

 

今回は研究室でうまく行ったものを製品として世に送り出すために工場で製造してきた。スケールは研究室の1万倍。500リットルの反応釜を動かしてきた。すんなり行くかと思いきや、出るわ出るわ問題の山!薬剤を入れていくと急激に温度が上がったり、ろ過にすごく時間がかかったり、溶媒の蒸気で頭クラクラしたり。終わったら次の製品の製造に反応釜を明け渡すんだけど、いつまで洗っても色が落ちなかったり・・・

 

実はシンキロウにとって今回が工場デビューだったんだ。実験室ではわからなかったことがたくさんあった。これからも開発は続いていく。がんばって自分のつくった新しい化学製品を世の中に送り出していきたいと心新たにした7月だった

UVカット剤の化学

このところ日差しがとても強く感じる。おかげで近くの緑地でピクニックしてたら日焼けしてしまった。いい機会なので今回はUVカット剤」を化学しよう

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UV (紫外線)

 

よく知られているように太陽光線から身体を守るために肌が黒くなるのが日焼けで、人体に備わった本来のUVカット法だ。日焼けの原因はもちろん太陽光線に含まれているUV (紫外線) だ。光は電磁波、かんたんに言うと電波の一種で、名前のとおり「波」としての性質を持っている。電磁波の波打つ回数はとても多くて、シンキロウがよく聴いているFMラジオの電波だと 1 秒間に約 8,020万回 (どの局かわかるかな?)、緑色の光だと 600 兆回!にもなる。この波ひとつの長さを「波長」といって、この波長によって種類が分かれる。

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電波や光は波長が短いほどエネルギーが大きくなる。赤外線の波長は約 700 ナノメートルよりも長く、目に見える可視光線は 700~400 ナノメートル、そしてUV は 400ナノメートルより短い。可視光線はエネルギーの小さい、つまり波長の長い順から赤、橙、黄、緑、青、紫色となる。UVは紫色の波長を超えているので超紫 = ウルトラバイオレット (Ultra Violet)  = UV という。日本語では紫外線 = 紫をはずれた光線だね。ちなみに赤外線は赤色の光よりも下なのでインフラレッド = IR という。


UVカット剤はUVを吸収してくれる

前に電子レンジの話水の話で書いたけど、分子は電磁波を吸収する。吸収された電磁波のエネルギーは、電子レンジのマイクロ波なら分子の回転エネルギーに、赤外線なら分子の振動エネルギーに変換される。これらにくらべて可視光線やUVのエネルギーはとても大きいので、分子の結合をつくっている電子が励起するエネルギーに相当する。電子が励起された分子はとても不安定になって、結合が切れたり他の分子と反応したりする。これが塗装の経年劣化や、生物の体のDNAやたんぱく質の破壊を引き起こすんだ


UVによる破壊を防ぐにはどうすればいいかというと、UVを吸収する物質でコーティングしてしまえばいい。そのために必要なのは

  1. UVを吸収する分子であり
  2. UVを吸収しても分解したり、他の分子と反応したりしない

ことだ


二重結合やベンゼン環をたくさん持つ有機分子酸化チタンなどの無機化合物のなかにはUVを吸収しても壊れにくいものがある。日焼けの黒くなる原因になるメラニンも二重結合をたくさん持つ有機分子なんだ。メラニンはUVを吸収して皮膚の細胞が破壊されるのを防いでいる。ただしUV以外にも可視光線も吸収しているので褐色~黒色に見える。ちなみに黒い物質または物体はあらゆる波長の可視光線を吸収していて、白い物質や物体はあらゆる波長の可視光線を反射している


でもね、UVカットをしたい理由は日焼けしたくないからだろう?ほかにも車のボンネットや家具なんかの日焼けを防止するためにもUVカット剤は使われているんだけど、元の色が変わるのは望んでいないだろう?だから黒いメラニンなんかと違ってUVカット剤にはできるだけ色がない方がいいよね。とするとUVは吸収するけど可視光線は吸収しない透明な物質である必要がある


UVを吸収したのはいいけど…

ここまででUVカット剤に不可欠な条件がいくつか出てきた

  1. UVを吸収し
  2. UVを吸収しても分解したり、他の分子と反応したりせず
  3. 可視光線を吸収しない透明なもの

これくらいで十分だろうか・・・いやちょっと待ってほしい。エネルギー保存の法則というものがあるのを知っているだろか?この世界ではエネルギーはありようを変えるだけでポッとあらわれたり消えたりすることはない。光を吸収した分子が分解したり、他の分子と反応したりするのは過剰なエネルギーが行き場を失っているからなんだ。UVカット剤も同じだ。UVを吸収しても分解しなければ、余分なエネルギーはどうなってしまうんだろうか?そこでもう一つ大切な条件として、
 4 吸収したエネルギーを安全な形で放出することができる

ことが重要なんだ


分解したり他の分子と反応せずにエネルギーを放出するには二つのやり方がある。

  1. 吸収したエネルギーをまた光として放出する 
  2. 吸収したエネルギーを分子の振動として少しずつ放出する

一つ目は蛍光と呼ばれる。蛍光塗料がよく知られているね。あれは吸収した光エネルギーを別の波長の光として放出しているからあんな変な色に見えるんだ。時計の夜光塗料なんかも同じようなものなんだけど蓄えた光エネルギーをゆっくりと放出する点が少し違う (厳密には燐光という)


二つ目は振動 = 熱だ。吸収した大きな光エネルギーを弱い熱エネルギーとして放出する。あまり熱くならなければ化学反応が起こったりはしない。よく使われているUVカット剤の多くはこの性質を利用しているみたいだ


今回は説明しなかったけど、さっき言った酸化チタンの場合吸収したUVエネルギーを水の分解に利用したりできるんだ。単なるUVカット剤であるだけでなく光触媒として利用できるのはおもしろいね


UVは浴びすぎると体に悪いけど、骨を作るのに大切なビタミンDを体内で作るには必要不可欠なんだ。適度に日差しを浴びて元気に夏を乗り切ろう

 

「蒸すこと」の化学

もう5月も中旬。蒸し暑い季節の到来に先駆けて、今日は蒸すについて話してみよう。少し物理っぽい話になるけど、化学熱力学という分野もあるので胸を張って化学することにする

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水蒸気

蒸す = 水蒸気。水蒸気は水が気体になったものだ。ラーメンを作るために鍋で水を沸かしているところを想像してみよう。少しずつ熱くなり白い湯気が立ち始める。ふつうこの湯気を水蒸気や蒸気と呼んでいるけど、実はこまかい水滴の集まりで液体の水なんだ。さらに加熱するとグラグラと泡立ち鍋の上に熱気が立ちのぼる。これが水蒸気だ。水蒸気は気体なので目には見えない。でも水蒸気は日常生活で目で見ることができる数少ない純粋な気体でもあるんだ。沸騰した鍋の中でボコボコと泡が出ているのが見えるだろう?これがほぼ純粋な水蒸気なんだ。もし水に空気を吹き込んで泡を作っても、それは酸素や窒素の混ざり物だ。炭酸水の泡も二酸化炭素と水蒸気との混ざりものだ。炭酸水の中は湿度 100% だからね。これに比べて沸騰した水の泡はほとんどが水蒸気なので、まさに水蒸気を「目で見ている」ことになる

 

沸騰を分子レベルで見ると下の図のようになる。液体の水の中では水分子はそれぞれくっつきながらもわりと自由に動き回っている。温度を上げていくと水分子の動きは激しくなり 100 ℃ で水分子は吹っ飛んでいく、これが水蒸気だ。

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蒸す ― 「潜熱」で温める

「蒸し」は直火や水じゃなく水蒸気で温める料理法だ。煮るのに比べて栄養や旨味が水に溶けださないという利点があるが、それ以上に煮るよりも強く加熱できるのが大きな特徴だ

 

物を温めるということは熱いものから冷たいものへ熱エネルギーを移動させることだ。冷たい食材でもお湯につけておけば、お湯から熱エネルギーをもらって温まる。沸騰した 100 ℃ のお湯で煮ると最も手早く温めることができる。でも、同じ100 ℃ でも「液体の水」と「水蒸気」では加熱できる力が大きく違う。

 

水が持っている熱エネルギーは温度で決まるんだけど、同じ温度でも水蒸気は液体の水に比べて大きな熱エネルギーを持っている。これは温度として表に出ない潜んだ熱「潜熱 (せんねつ) 」と呼ばれる。食材を蒸すと水蒸気は水に戻る。このとき水蒸気が持っていた潜熱が放出されて食材を温める。この熱エネルギーは水蒸気が凝集して水になるときに出るので凝集熱とも言う。この熱エネルギーはとても大きくて、水が 100 ℃ から 0 ℃ に冷めるまでに放出する熱エネルギーに比べて、同じ重さの 100 ℃ の水蒸気が 100 ℃ の水になるときに放出する凝集熱は 5.4 倍にもなる。 だから蒸し料理はとても加熱効率がいいんだ。でも蒸し器を用意したり、たくさんのお湯を沸かすのにエネルギーを使ったりと手間とガス代は掛かる

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潜熱は 100 ℃ の水蒸気に限ったことではなくて、何℃の水蒸気でも同じなんだ。冷蔵庫から冷たい飲み物を出してしばらく置くと容器の外側に水滴が結露するけど、これは空気中の水蒸気が冷やされて凝集したものだ。このとき凝集熱が飲み物に与えられるんだけど、これは飲み物が蒸されて温められるとも考えることもできる。水の凝集熱は大きいので湿気の高い日は乾燥した日よりも飲み物がぬるくなるのが早いんじゃないかと思う。実験したことはないけど・・・

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気化冷凍法 ー 「潜熱」で冷やす

ジョジョの奇妙な冒険という漫画にディオ・ブランドーというキャラが登場する。彼は様々な技を持っているけど、その一つに気化冷凍法という技がある。これは瞬時に血液を気化させることで冷やして凍らせる技だ。これも潜熱を使っている。水蒸気→水になるときに放出する凝集熱とは反対に、水→水蒸気になるときには周りから熱を奪っていく。これを気化熱と言う。気化熱と凝集熱は潜熱が反対の形で現れたものなんだ。気化熱も凝集熱と同じく大きく、濡れた布を缶ビールに巻きつけて扇風機で風を当てると早く冷えるので実感できる。エアコンや冷蔵庫も同じ原理で冷却しているんだ

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蒸し暑さ ー 「潜熱」が使えない!

夏の蒸し暑さにも潜熱、特に気化熱が深くかかわっている。人間の体は暑いと汗をかいて体温を下げるようとする。でも体温と同じ温度の汗で体を冷やせるはずがない。汗を蒸発させてその気化熱で体を冷やすんだ。でも空気中に存在できる水蒸気の量は決まっている。もし乾いた気候なら汗はどんどん蒸発してすぐに涼しくなるだろう。反対に湿度が高い気候では空気中の水蒸気の量が多くて汗の蒸発は遅くなるのでいっこうに冷えない。だから蒸し暑くなるんだ。ちなみに湿度が 100% に達したら空気中に存在できなくなった水蒸気は結露して雨となって降り注ぐんだ

 

もうすぐ蒸し暑い梅雨がやってくる。水蒸気が凝集して雨が降り、雨上がりに霧が立ち上って雲になりまた雨となって降り注ぐ。大地と空の水の循環に潜熱が介在していることを見てもらえれば嬉しいな

 

ビールにまつわる化学

目に青葉 山ホトトギス 初ガツオ 

ビールがおいしい季節になってきた。というわけで今日はビールにまつわる化学でいってみよう


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アルコールとエネルギー

ビールで一番大切なのはもちろんアルコール、つまりエタノールだ。ビールの原料はおもにオオムギだけど、エタノールオオムギのデンプンを酵母で発酵させて作られる。酵母は微生物だ。でもデンプンはそのままじゃ発酵できないので一旦分解しないといけないんだ。あんかけの話で話したけど、デンプンはブドウ糖がたくさんつながった高分子だ。これを分解するためにオオムギを発芽させて麦芽にする。このときにできる酵素でデンプンが分解できる。デンプンは分解されるとブドウ糖ブドウ糖が2個つながった麦芽糖ができる。いよいよここからが酵母の仕事だ。酵母ブドウ糖を食べてアルコールに変換していく。その過程を化学式で書くと下のようになる

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ブドウ糖1分子からエタノール2分子と二酸化炭素2分子ができる。こうやってどんどんブドウ糖エタノールに変換していくんだけど、ある程度アルコール濃度が高くなると酵母が自分が出したアルコールで死んでしまうらしい。アルコールは除菌剤にもなるしね


酵母はわざわざ人間のためにアルコールを作ってくれるいい菌のように思えるけど、別にボランティアで働いているんじゃないんだ。酵母ブドウ糖を食べて生きていくためのエネルギーを取り出し、その残りカスとしてエタノールを排出しているんだ。つまりブドウ糖酵母のごはんで、エタノールは排泄物なのだ。

 

ところでブドウ糖にエネルギーなんてあるの?と思うかもしれない。そう思ってもらえればシンキロウとしてはしめたものだ。まずね、ブドウ糖だけが特別にエネルギーを蓄えているわけじゃないんだ。それどころかすべての化学物質はエネルギーを蓄えているんだ。エネルギーは物質の中で「化学結合」という形で蓄えられている。こうしたエネルギーは一般に「化学エネルギー」と呼ばれる。化学エネルギーは物質を燃焼させることでとして取り出すことができる。酵母の場合ブドウ糖の結合を切ってエネルギーを取り出し、残ったモノをエタノール二酸化炭素として捨てているんだ。酵母が手に入れたエネルギーはブドウ糖の全結合エネルギーからアルコール分子と二酸化炭素の結合エネルギーを差し引いた分だ。このエネルギーを使って酵母は生きていく。人間なんかは、エタノールで止めずに水と二酸化炭素まで分解してエネルギーを取り出している


ブドウ糖にエネルギーが蓄えられていることはわかったね。じゃあこのエネルギーのもとはなんだろう?これはブドウ糖の起源をたどってみるとわかるんだ。ブドウ糖を作る前のデンプンは植物からとってきたものだね。そして植物は光合成でデンプンを作っている。光合成は太陽の光を利用したシステムだ。ということは、ブドウ糖のエネルギーはもともとは太陽エネルギーなんだ。同じように植物の体や、それを食べた動物の体も光合成で作られた物質からできているので、植物の化石である石炭や、太古の微生物の死骸からできたという石油のエネルギーももとは太陽エネルギーなんだ。ぼくらの体だって太陽エネルギーでできている。地球上の多くのものは太陽のエネルギーで生きているんだ

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炭酸

ビールの醍醐味はなんといっても炭酸のシュワシュワ!日本酒が好きなシンキロウも日本酒が一杯目は必ずビール。あのシュワシュワがたまらない!炭酸の話は温室効果ガスの話水アカの話でも話したけど、その正体は二酸化炭素だ。コーラや炭酸水の炭酸ガスは後から封入しているんだけど、ビールやシャンパンのガスは自然にできたものを使っている。さっきのブドウ糖の発酵で二酸化炭素ができていたけど、これを使っているんだ。でもね、このシュワシュワが楽しめるのは発酵で発生するのが二酸化炭素だったからこそなんだ。もし、酸素や水素だったらこうはいかない。だって水に溶けないんだから。

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水に食塩を溶かすときなんかは水を温めていくとたくさん溶けるようになるんだけど、気体の場合は逆で冷やすほどよく溶けるようになる。ビールもコーラも暖かくなったら吹きこぼれるよね。これは温度が高くなると気体分子の運動が激しくなって空気中に飛び出していくからなんだ。それに圧力をかけるとさらにとける。これも蓋をあけるとプシュとガスが放出されるからわかるね。ビール一つとってもたくさんの化学が働いていることがわかるんだ


余談になるけど、ビールの歴史はとても古くて、古代エジプト時代から飲まれていたと言われている。その頃のビールはパンと果物の果汁から発酵させた代物で今のものとは違ったものだったみたい。今のビールの祖先は古代ローマ時代に今のドイツに住んでいたゲルマン人と呼ばれる人々が飲んでいたものだ。当時のローマ人にとっては自分たちが飲んでいる葡萄酒よりは劣ると歴史書に書かれている。ずっと時代は下って神聖ローマ帝国のころにはビールに混ぜ物をしてはいけないというビール純粋令が出されている。日本ではちょうど江戸幕府ができたころだね。当時のヨーロッパでは麦の生産量も相当低くく食糧事情も悪かったようだけど、それでもビールを作り続けた執念には頭が下がる

料理の「あんかけ」を化学する

シンキロウは中華料理が大好きだ。王将なんかの庶民的なやつなんだけどね。いまやすっかり日本に定着した中華料理。その特徴はなんといっても強力な火力、たくさんの油、そしてあんかけだろう。今日はあんかけの化学を見てみよう

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あんのとろみはデンプン

自炊している人は知っていると思うけどあんかけのとろみはかたくり粉で作る。アツアツの鍋に水溶きかたくり粉をたらしてゆっくりかき混ぜるととろみがついてくる。このとき鍋の中で何が起きているんだろうか?

かたくり粉は白い粉で袋の上から揉むとキュッキュッとして気持ちがいい。これはブリーフ&トランクス「かたくり粉」って歌に面白く描写されている。もともとはカタクリという植物の根から採られていたみたいだけど、今はジャガイモから製造されているようだ。かたくり粉の主成分はデンプンなんだ

 

デンプン

デンプンはお米や小麦そしてお芋さんに含まれている栄養素で生物活動の主要なエネルギー源だ。化学的にはブドウ糖分子が直線状にたくさんつながった高分子といわれる有機化合物なんだ。

 

ブドウ糖は炭素と水素と酸素からできている分子で、化学式では C6H12O6 と書ける。これを組みなおすと C6 (H2O)6 となり炭素原子が6個と水分子が6個と書ける。素が分子と合したものと考えることができるので、ブドウ糖やその高分子であるデンプンは炭水化物というんだf:id:shinquirau:20200428222743j:image

とろみは高分子の絡み合い

ブドウ糖分子は水に親和する部分が多いので水によく溶ける。けどデンプンは水と親和性の高い部分が分子内と分子間でがっちりとした水素結合を作っているので水には溶けない。水に入れてかき混ぜてもほっておくと沈んでくる。あんまり固まっているので食べても消化できないんだ

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でも熱をかけていくと分子内と分子間での水素結合の間に水分子が入り込んできてデンプンがばらけて長い鎖状になる。その鎖同士が絡まって粘り気が出てくるーあんだ。とろみの正体はデンプン分子の鎖の絡み合いが原因なんだ。ちなみにこの状態になることをアルファ化といって食べても消化できるようになる

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話がそれるけど、デンプン分子の絡み合いはご飯とお餅の違いにも影響している。普通のお米にはアミロースという一本鎖のデンプンがたくさん含まれている。その反対にもち米にはアミロペクチンという枝分かれしたデンプンが多い。枝分かれが多い分絡み合いが大きくなるので粘り気が強くなるんだ。ちなみにこの状態を糊化という (※)。糊は接着に使うノリのこと。昔はご飯粒をノリにつかっていたんだ

※糊化の説明を間違えていたので訂正 (2020/05/19)


あんかけ料理が冷めていくと粘り気が強くなってくる。分子の振動が小さくなっていくので分子間の結合が強くなっていくからだね。ご飯なんかは透明感がなくなってパラパラになってくる。これはデンプンがまた分子同士で固まり始めたからなんだ。これを老化という


あれ?とろみが・・・

あんかけソバでも天津飯でもいいんだけど、食べている途中でとろみがなくなっていった経験がないかな?これはレンゲについたツバが原因なんだ。デンプンはブドウ糖がつながったものなんだけど、ツバに含まれている消化酵素はその結合を切っていくんだ。切れて短くなった鎖は絡み合いもなくなる。だからとろみがなくなってしまうんだ。結合を切られたデンプンは麦芽糖ブドウ糖になっていく。ごはんをよく噛むと甘い味がするのはこのためなんだ

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あんかけの中にも化学が潜んでいることがわかっていただけただろうか?でもあんかけを最初に思いついた人はすごいよね。これがなければ天津飯カニ玉もなかったんじゃないだろうか?

 

ときどきシンキロウは不思議に思うんだけど、日本は中国から何千年にも渡っていろんなものを取り入れてきたのに、なぜ中華料理は明治時代まで普及しなかったんだろう?遣唐使を派遣していた時代の料理は今の中華料理とは違ったのかもしれないけど、清の時代の満漢全席なんかは今の中華料理そのものだし。江戸時代までの日本人の舌には合わなかったのだろうか?ほんとうに不思議だ

除菌剤とリンスの化学

以前のブログ (手洗いを化学する) で手洗いについて徒然なるままに書いた。今回は除菌剤として有名な塩化ベンザルコニウムと髪をトリートメントするリンスの関係について化学する


塩化ベンザルコニウムと塩化ベンゼトニウム

塩化ベンザルコニウムと塩化ベンゼトニウム。それぞれオスバンやマキロンに含まれている代表的な除菌剤だ。この二つの物質は図のような分子構造を持っている。両方とも炭素原子と酸素原子からなる長いヒゲとプラスの電荷を持った有機化合物だ。窒素原子にあるプラス電荷を中和するために塩化物イオンを引き連れている。だから両方とも「塩化〜」と言うんだ。模式的にプラスの電荷を持っている窒素原子付近を青い丸で、有機部位を棒状に描くことができる。電荷を持つ部分は水やイオンに親和しやすく「親水基」と呼び、有機部位は水を弾き有機化合物と親和しやすいので「疎水基」と呼ぶ。

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こいつらが細菌を駆逐する機構はこうだ。細菌の表面はマイナスの電荷を帯びている。これは構成成分である糖タンパク質の表面に陰イオン性の置換基 (有機分子中のグループ) が存在するからだ。こいつらが細胞表面で大切な働きをしているんだ。ここに塩化ベンザルコニウムを入れると、プラスの電荷を持つ部分が細胞にくっついて取り囲んでしまう。そうすると細胞は外界と隔絶されてしまって栄養を取り入れたりすることができなくなっていずれは死んでしまうんだ。これが塩化ベンザルコニウムや塩化ベンゼトニウムの除菌機構だ。こういったプラスの電化を持つ部分と長い有機部位内をもつ化学物質を陽イオン界面活性剤という。別名を逆性石けんともいう

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逆性石けん

普通の石けんの主成分は陰イオン界面活性剤。手洗いを化学するでも書いたけど、長い有機部位をもつカルボン酸やスルホン酸のナトリウム塩が代表的な物質だ。下にはカルボン酸のナトリウム塩を示した。電荷がある部分がマイナスであるところがさっきの塩化ベンザルコニウムとは違っているね

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有機化合物、たとえばアブラが浮いている水に石鹸を入れるとアブラに石けんの有機部位がくっついて取り囲んでいく。ぐるっと取り囲むと周りは水に親和するマイナス電荷を持っているので水に分散していく。このかたまりをミセルと言って、アブラが分散して白く濁った状態を乳化という。

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石鹸がマイナス電荷を持っているのに対して陽イオン界面活性剤はプラス電荷を持っているので逆性石けんと言うんだね。でも石けんの代わりに使われることはないので洗浄効果はそんなにないんだろう。あまり泡立たないし。


石けんと逆性石けんを混ぜるとお互いのイオンが会合してしまって界面活性剤としての効果がなくなってしまう。やってみるとわかるよ

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リンス、ヘアーコンディショナー

 

さっきから泡立たないとかやってみるとわかるとか書いたけど、こいつこのご時世に貴重な除菌剤で遊んでるのか?って思ったかもしれない。でも逆性石けんはオスバンやマキロンだけじゃなく、いつもお風呂で使っているリンスやコンディショナーの主成分でもあるんだ。シャンプーで頭を洗ったあと、髪の毛の表面の汚れが取れてキシキシするよね。これは陰イオン界面活性剤で髪のキューティクルが開いているからなんだって。でも髪の毛も細胞と同じでマイナス電荷を帯びているので、リンスを使うと陽イオン界面活性剤が表面には吸着してコーティングしてくれるんだ。このおかげで髪の毛同士が絡みにくくなり静電気も抑えられる。同じように逆性石けんは衣類の繊維の保護にも使われているらしい。通常見ている世界では除菌もリンスもまったく繋がりのないものだけど、化学から見ると基本は同じなのが面白いよね


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参考

日本界面活性剤協会