シンキロウの大人の化学

シンキロウによる化学雑記。普段化学に親しみのない方に身近にある化学から高尚な化学まで偏見を交えて伝えたい

「蒸すこと」の化学

もう5月も中旬。蒸し暑い季節の到来に先駆けて、今日は蒸すについて話してみよう。少し物理っぽい話になるけど、化学熱力学という分野もあるので胸を張って化学することにする

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水蒸気

蒸す = 水蒸気。水蒸気は水が気体になったものだ。ラーメンを作るために鍋で水を沸かしているところを想像してみよう。少しずつ熱くなり白い湯気が立ち始める。ふつうこの湯気を水蒸気や蒸気と呼んでいるけど、実はこまかい水滴の集まりで液体の水なんだ。さらに加熱するとグラグラと泡立ち鍋の上に熱気が立ちのぼる。これが水蒸気だ。水蒸気は気体なので目には見えない。でも水蒸気は日常生活で目で見ることができる数少ない純粋な気体でもあるんだ。沸騰した鍋の中でボコボコと泡が出ているのが見えるだろう?これがほぼ純粋な水蒸気なんだ。もし水に空気を吹き込んで泡を作っても、それは酸素や窒素の混ざり物だ。炭酸水の泡も二酸化炭素と水蒸気との混ざりものだ。炭酸水の中は湿度 100% だからね。これに比べて沸騰した水の泡はほとんどが水蒸気なので、まさに水蒸気を「目で見ている」ことになる

 

沸騰を分子レベルで見ると下の図のようになる。液体の水の中では水分子はそれぞれくっつきながらもわりと自由に動き回っている。温度を上げていくと水分子の動きは激しくなり 100 ℃ で水分子は吹っ飛んでいく、これが水蒸気だ。

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蒸す ― 「潜熱」で温める

「蒸し」は直火や水じゃなく水蒸気で温める料理法だ。煮るのに比べて栄養や旨味が水に溶けださないという利点があるが、それ以上に煮るよりも強く加熱できるのが大きな特徴だ

 

物を温めるということは熱いものから冷たいものへ熱エネルギーを移動させることだ。冷たい食材でもお湯につけておけば、お湯から熱エネルギーをもらって温まる。沸騰した 100 ℃ のお湯で煮ると最も手早く温めることができる。でも、同じ100 ℃ でも「液体の水」と「水蒸気」では加熱できる力が大きく違う。

 

水が持っている熱エネルギーは温度で決まるんだけど、同じ温度でも水蒸気は液体の水に比べて大きな熱エネルギーを持っている。これは温度として表に出ない潜んだ熱「潜熱 (せんねつ) 」と呼ばれる。食材を蒸すと水蒸気は水に戻る。このとき水蒸気が持っていた潜熱が放出されて食材を温める。この熱エネルギーは水蒸気が凝集して水になるときに出るので凝集熱とも言う。この熱エネルギーはとても大きくて、水が 100 ℃ から 0 ℃ に冷めるまでに放出する熱エネルギーに比べて、同じ重さの 100 ℃ の水蒸気が 100 ℃ の水になるときに放出する凝集熱は 5.4 倍にもなる。 だから蒸し料理はとても加熱効率がいいんだ。でも蒸し器を用意したり、たくさんのお湯を沸かすのにエネルギーを使ったりと手間とガス代は掛かる

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潜熱は 100 ℃ の水蒸気に限ったことではなくて、何℃の水蒸気でも同じなんだ。冷蔵庫から冷たい飲み物を出してしばらく置くと容器の外側に水滴が結露するけど、これは空気中の水蒸気が冷やされて凝集したものだ。このとき凝集熱が飲み物に与えられるんだけど、これは飲み物が蒸されて温められるとも考えることもできる。水の凝集熱は大きいので湿気の高い日は乾燥した日よりも飲み物がぬるくなるのが早いんじゃないかと思う。実験したことはないけど・・・

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気化冷凍法 ー 「潜熱」で冷やす

ジョジョの奇妙な冒険という漫画にディオ・ブランドーというキャラが登場する。彼は様々な技を持っているけど、その一つに気化冷凍法という技がある。これは瞬時に血液を気化させることで冷やして凍らせる技だ。これも潜熱を使っている。水蒸気→水になるときに放出する凝集熱とは反対に、水→水蒸気になるときには周りから熱を奪っていく。これを気化熱と言う。気化熱と凝集熱は潜熱が反対の形で現れたものなんだ。気化熱も凝集熱と同じく大きく、濡れた布を缶ビールに巻きつけて扇風機で風を当てると早く冷えるので実感できる。エアコンや冷蔵庫も同じ原理で冷却しているんだ

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蒸し暑さ ー 「潜熱」が使えない!

夏の蒸し暑さにも潜熱、特に気化熱が深くかかわっている。人間の体は暑いと汗をかいて体温を下げるようとする。でも体温と同じ温度の汗で体を冷やせるはずがない。汗を蒸発させてその気化熱で体を冷やすんだ。でも空気中に存在できる水蒸気の量は決まっている。もし乾いた気候なら汗はどんどん蒸発してすぐに涼しくなるだろう。反対に湿度が高い気候では空気中の水蒸気の量が多くて汗の蒸発は遅くなるのでいっこうに冷えない。だから蒸し暑くなるんだ。ちなみに湿度が 100% に達したら空気中に存在できなくなった水蒸気は結露して雨となって降り注ぐんだ

 

もうすぐ蒸し暑い梅雨がやってくる。水蒸気が凝集して雨が降り、雨上がりに霧が立ち上って雲になりまた雨となって降り注ぐ。大地と空の水の循環に潜熱が介在していることを見てもらえれば嬉しいな