手洗いを化学する
外から帰ったらうがいと手洗い。とくに丁寧に手を洗うことで風邪は予防できるという。今日は手洗いを化学する
「手を洗う」とは?
あなたはどんなときに手を洗うだろうか?土や泥をさわったとき?汗や皮脂でベタつくとき?バイ菌やウイルスがついてるかもしれないから?これらの汚れを化学の目で見ると次のようになる
土やドロ・・・無機化合物や有機化合物
汗や垢、皮脂・・・おもに有機化合物
バイ菌、ウイルス・・・おもに有機化合物
じゃあ手を洗うときにしていることも分析してみよう
払う・ふき取る・・・物理的
水で流す・・・水に溶かす、化学的
石けんを使う・・・界面活性効果、化学的
アルコール・・・有機溶媒に溶かす、化学的
…ちょっと何を言ってるのかわからないかもしれない。一つずつ解説していこう
1. 払う・ふき取る
手にホコリがついたときにパンパンって払ったり、ゴシゴシこすって落とすよね。これは振動や圧迫による物理的な洗う方法だ。こするというのはツルツルの机の上に落ちた消しゴムかすを下敷きで集めるのを想像してほしい。これと同じように手についた汚れをもう一方の手の表面でかき取っているんだ。でもベッタリとした汚れはこれだけじゃ落ちない。水の助けも借りなければならない
2. 水で流す
普通洗うといえば水で流すことだね。でもなんで水を使うと乾拭きよりも汚れが落ちるんだろう?水がついたら摩擦が減って汚れが落ちにくくなるとも考えられない?ここで重要なのは水の化学的な性質である溶かすことだ。汚れを水で溶かすことで落ちやすくしているんだ。水の話で言ったように、水は実にいろいろなものを溶かすことができる。でも一番よく溶かすことができるのは無機化合物だ。無機化合物は石や金属みたいなもので土や泥はそれに有機化合物も混ざっている。無機化合物はプラスとマイナスに分極したり、イオンになったりするものが多いので水分子が集まってきてバラバラにしてしまう。これを水和といって、水和された状態を「水に溶けた」っていうんだ。さらに落ちにくい汚れはお湯で洗うことで落ちやすくなる。水の温度を上げると物質は溶けやすくなる。さらに皮膚が水を吸収して柔らかくなるので、こすることで古い皮膚ごと汚れが落ちる。でもそれでも落ちない汚れもある。そう油汚れだ
3. 石けんを使う
油は代表的な有機化合物だ。普通「油」という言葉が指すものはワックスか脂肪。
ワックスは炭素原子と水素原子が繋がった鎖状の構造でパラフィンともいう (下の化学式がそのひとつ)
CH3-CH2-CH2-・・・-CH2-CH3
ロウソクやワセリンの原料でもある。深海魚にもよく含まれていて美味しいらしいけど食べるとお腹を下すんだって。水には絶望的に溶けない。
一方、脂肪は脂肪酸 (しぼうさん) とグリセリンからできている。脂肪酸はワックスの先っぽにカルボキシル基 (カルボン酸) COOHがついたものだ。
CH3-CH2-CH2-・・・-CH2-COOH
酢酸 CH3COOH
ワックス、つまり鎖に当たる部分がCH3のものは酢酸 (さくさん) といってお酢の成分。レモンに入っているクエン酸なんかも仲間だね。グリセリンにはOHが三つのある。OHと聞いてピンときた?そうグリセリンはアルコールの一種なんだ。前にアルコールの話の最後の方にOHが二つ以上あるアルコールもあると言ったけどグリセリンもその一つなんだ。少しトロミがあって甘い味がする。保湿剤なんかに使われるから薬局でも売っている。
化学的には脂肪はグリセリンのOHに三つの脂肪酸のCOOHがくっついた (脱水縮合という) もので、エステルと呼ばれる有機化合物の一種である。下の図で緑色の棒が脂肪酸で赤い部分はグリセリンだ。この鎖の部分はいろんな構造がある。リノール酸、リノレン酸、オレイン酸とか聞いたことあるるんじゃないかな?ちなみにステアリン酸C17H35COOHは牛の脂肪を構成する脂肪酸。脂肪も壊滅的に水に溶けない。
そこで登場するのが石けんだ。石けんの化学的な構造はワックスような鎖状構造の先っぽにCOO-Na+というイオンがついている
CH3CH2CH2-・・・-CH2-COONa
これを水に入れると水を嫌う鎖状の部分が内側になり、水と親和性があるイオンの部分が外側を向いた球になる。これをミセルという (下の図がミセル。石けんが球状に集まっている。水色の玉は水分子)。これを汚れた手につけてこすると油汚れ、つまり有機化合物と鎖状の部分は親和してくっついてイオンの部分を水中に向ける。イオンの部分は水和するのでこのかたまりは水に溶ける。これが石けんの働きだ。こういう性質を持つ物質を界面活性剤っていうんだ。
でも固まった油は石けんでもなかなか落ちない。例えば冷えたフライパンなんかは洗剤で洗っても油が固まってなかなかキレイにならない。そんなときは熱いお湯を注いで油を融かして液体にしてから洗うとよく落ちる。でもシンキロウは油を流しに捨てることは環境保護のためにオススメしない。そんなときは油から固まる前にペーパーでふき取ってゴミ箱に捨てるとよい。油は有機化合物なので燃えるゴミだしね。
ところで石けんの構造って何かに似てない?実は石けんは脂肪酸のナトリウム塩なんだ。作り方は脂肪をアルカリで加熱する。油汚れを落とすのに使う石けんを油から作るって面白いよね
余談になるけど、アルカリ温泉に入ったとき肌がヌルヌルしたことはないだろうか?これはアルカリで皮脂の一部が石けんになるためといろんなところに書いてある。でも40度程度の熱さと弱アルカリ性で脂肪のエステル結合が分解されて石けんになるとはシンキロウには考えにくい。元々皮膚に少し存在している脂肪酸が石けんになっているんじゃないかと思うんだ
4. アルコール
アルコールは有機溶媒なので有機化合物をよく溶かすことができる (似たものは似たものを溶かす)。だから油や油性ペンの汚れも落とすことができるんだ。それに除菌にもよく使われる。よく殺菌や滅菌していると言われる。たしかに細胞やウイルスをブッ壊すこともできる。でもアルコールシートで手を拭くときはバイ菌やウイルスを皮脂ごと溶かして皮膚から剥がしてふき取るのがメインだと思う。ところでアルコールで洗うときには間違ってメチルアルコールを使っちゃだめだよ。それとアルコールの使いすぎにも注意。有機化合物をよく溶かすので皮脂を溶かして皮膚の細胞もダメージを受けやすいからね。
でもアルコールは化学の世界ではあまりよく溶かす溶媒とは考えられていないんだ。アルコール以上に有機化合物をよく溶かす溶媒で身の回りにはあるのはアセトンや酢酸エチルだ。除光液なんかによく入っている。でもよく溶かすことができる分アルコール以上に爪も皮膚もカサカサになるから要注意だ